院長より~ Identity

今まで敢えて語る必要も感じていなかったのだが、改めて自分の事を少し書いてみようと思う。
そもそも他人様に語るほど立派な肩書きは持ち合わせてはいないので、Profile(プロ フィール)ではなくIdentity(アイデンティティ)として、今の仕事の起源とも思われる 十八歳まで、時を戻して書き始めるとする。

これでも一応国公立を目指し、予備校にも通い勉強していたのだが、まさかの当日トラブルで受験することが出来ず、当時まだ健在だった祖父母の家から通えるという条件で、名 も無い専門学校へ通う事になった。
友人たちには大変申し訳ないのだが、正直学校のレベルの低さに驚き、本気で勉強する気が完璧に失せてしまった。

そんなこんなで、二ヶ月ほど過ぎた六月の父の日の出来事が、その後の人生に少なからず影響を与えたと気が付いたのは、それから十数年経ってからの事だ。

バイクで湘南の海へ行ったその日の事は、今でもとてもよく覚えている。
風はほんの少し あるくらいの、とても天気が良いその日。
防波堤の上でまったり寝転んでいると、下の砂浜から助けを求める小さな女の子の声が聞こえた。
慌てて覗き込むと、溺れかけている小さな 女の子と男の子(弟)の姿が見え、それとほぼ同時に父親らしき人(父親だったのだが) が駆けつけ、二人を抱きかかえた。

波打ち際から2、3mの距離だったので、すぐ大人が駆けつけて良かったと安堵したのは束の間。
あれよあれよという間に三人は沖へ沖へと流された。考える間も無くジーパンを脱ぎ捨て飛び込み、後から飛び込んだ男性と子供を一人ずつ抱えあげた。
泳ぎにはかな り自信があり、すぐ戻れると思っていたのだが、沖からと岸からと防波堤からの波で渦が巻き、抱えた自分もどんどん沖へ流され、正直一瞬諦めかけた。

何とか岸に近づいた時、何人もの人の「子供を投げろ!」という声が聞こえ、受け渡した。
途中何度も振り返り父親の事を確認したのだが、防波堤の先端まで流されてしまい、数人 が助けに向かってくれていた。
自分も行かねばと思ったが、自身大量の水を飲んでおり、 岸で呆然としていたところへ助け上げられた父親が戻ってきた。

意識は無く、「誰か人工呼吸ができる奴はいないか!!」という声が飛び交った。
その 数週間前に学校で人工呼吸の授業があったのだが、子供で未熟な自分はうろたえ、気道を確保したところで尻込みしてしまった。
その後、警察署での事情聴取中に父親が亡くなったと連絡が入り、暫くして病院から戻って きた母親が、目を真っ赤に腫らしながら僕の元へやってきて「子供たちだけでも無事だった事を父親は喜んでいると思います。本当にありがとうございました」と、深々頭を下げてそう言った。

学校での授業を、決してサボっていい加減に聞いてたわけでは無い。
自分なりには普通に勉強していたつもりだった。
しかし事実は違う。
勉強とは何か、今本当に学ばなければならない事とは何なのか。憧れだけでやりたい事に時間を使って良いのか悩んだ。
それは今でも変わらぬ。故に資格が欲しくて学んだ事はない。
職種で自分の進む道を決めた事もない。
自分という人間の成長に必要なものを学ぶと、その時決めた。

何処の誰だか分からぬ他人が作った資格や肩書きだけでしか自己表現出来ぬ人生に興味は無い。
成れぬが医師は勿論、OT、PT、マッサージや柔整の医療系、他の実務的なもの も含め、そもそも資格に興味が無いのだから、何かになりたいと思った事が無い。
より多 くの運動、スポーツを見、接するにはどうしたら良いかと考えた結果勤めたスポーツメー カー時代。その時の上司が「資格は業務上必要になってから取るのが本来だ」とも言って いた。

まぁそう言いながらも専門学校後、大学にも席を置き、そして会社勤めを辞めるまでに治療関係だけでもスクールと名のつくところ四つ、師と呼べる人二人に年単位でお世話に なった。
逆に講習はしっかり受けてみたものの、最後の試験を受けずに帰ろうとして係の人に囲まれて怒られた事もあった。
試験料、認定料もかかるし、貧乏生活の身としてはでね。
競技も三流選手だが数回の優勝は経験でき、振り返ると若くて未熟な割には、それ なりにジタバタ充実した青春時代を過ごした。

昔からうちのスタッフたちに言い続けている事がある。
『変わりの居ない自分になりな さい。俺はそう思って生きている』と。
医師以上の資格は無いのだから、知識や資格で 治るのなら皆病院で治ってるだろ。
もう一度自分を見つめ直せと厳しめに言うが、果たし て何人の子たちにその意味が正しく伝わったのだろうか。

偉そうに長々書いてみたが、歳をとったから言える事を今の年齢で書いてみた。
実は “縁”と言う言葉は好きでは無いのだが、偶然の出会いでは無い、必然の出会いは大切にし ていきたいと思う。
人の健康とは何か。豊かな生活とは何か。
これからも自分だけが誰かにできる事を探して いきたい。